2011年06月07日

東投手の回想

 今日の東裕司投手のエピソードですが、
このときのことを後にこんな風に語っています。

  1年の秋に近畿大会の天理(奈良)戦に先発して、
  一回ももたずに降板し、試合にも負けた。
  監督の表情が頭から離れず「甲子園が遠のいた」と
  思うと夜もよく眠れなかった。
  それで自分で言い出して往復20キロのランニングを
  始めた。
  「いらんことを言ってしまったな」と精いっぱい悩んだ。
  おかげで気持ちも強くなって1年間続けられた。

東投手の回想では、尾藤さんとの出会いは中学生のとき。

  小さい時分から硬式野球をやっていたんですけど、
  中学でシニアリーグをやっているときに、
  尾藤さんが後援会長とか沢山の人と一緒に家まで来てくれて、
  是非、俺と三年間甲子園に向けて一緒にやらないかと
  お話をいただいた。
  そのときは5分〜10分ほどの時間だでしたが、
  この監督さんて、すごく引きつけるものがある。
  この人とやったらやっていけるかなという感じでした。

その東投手はバントの名手といわれてそうですが、甲子園では
「腕がしんどくて、サインが出る前にバントしていた」という
話を後に披露しています。

いかに若いとはいえ、勤労と学校と野球というハードは生活。
粘り強い箕島野球は、こうした一人一人の努力の積み重ねから
生まれたものなのでしょう。

  僕らの当時は甲子園から遠ざかっていて、
  僕が一年生に入った頃は45人くらい。
  それでも3チームはできますようね。

という、東投手の時代。ここから箕島黄金時代が始まりますね。  


Posted by 一球入魂 at 13:12Comments(1)