2011年01月23日
ちょっといい話
和歌山放送社長のブログ「一語一絵 中島耕治のちょっといい話」の
2009年02月14日分に尾藤公さんが
講演されたときのことが載っています。
「甲子園に行くには名門の2,3倍は練習しなければ追いつかないと、
厳しく激しく練習して行き過ぎたこともあったと思うが、
ある意味で生徒に恋、恋愛をしていたようにも思える。
子どもたちが何を考えているのか知りたかったし、
自分の気持ち、何を考えているかを知って欲しい、
という気持ちでいっぱいだった。」
これは23歳で母校の硬式野球部の監督になった当時を振り返ってのお話。
後年、甲子園のベンチでの笑顔から「尾藤スマイル」が
有名になった尾藤さんですが、練習は厳しく、
しかも監督になった当初は
かなりのスパルタだったとどこかで読んだ記憶があります。
また、野球は、ボールがゴールに入って得点する
サッカーやバレーボールなどとは違って、
選手が塁を進みホームに帰らないと得点が入らない競技だから、
バンドが重要な役割りを果たすからと、こんなお話をされたようです。
「仲間を次の塁に進め、チームの勝利のために
自分の打ちたいという気持ちを抑え、犠牲バンドをする、
そうした「フォー・ザ・チーム」の精神が必要だ。
この野球の「バントの心」は「おかげさんで」「感謝」につながり、
ひいては「やがて家族や地域や、国や世界、地球のために
何か役に立ちたい、貢献したいという心に
つながっていくことを学んだ」とも語っていたのこと。
そんなことから、引退後の尾藤監督は高校野球指導者の道を歩まれたのかもしれません。
この和歌山放送が制作した尾藤監督の番組は、
本民間放送連盟賞ラジオ報道番組部門優秀賞を受賞しています。
下記で、この放送が聞けますね。
「らじこんー野球にかけた人生、尾藤公さん」
甲子園で春夏連覇の偉業を成し遂げるなど、
高校野球の監督として活躍した
和歌山県立箕島高校の元監督・尾藤公さんの
半世紀以上の野球にかけた人生を振り返るとともに、
これからの野球の在り方について尾藤さんの言葉を通して紹介する。
平成21年日本民間放送連盟賞ラジオ報道番組部門優秀賞受賞作品。
http://www.radi-con.com/program/21
2009年02月14日分に尾藤公さんが
講演されたときのことが載っています。
「甲子園に行くには名門の2,3倍は練習しなければ追いつかないと、
厳しく激しく練習して行き過ぎたこともあったと思うが、
ある意味で生徒に恋、恋愛をしていたようにも思える。
子どもたちが何を考えているのか知りたかったし、
自分の気持ち、何を考えているかを知って欲しい、
という気持ちでいっぱいだった。」
これは23歳で母校の硬式野球部の監督になった当時を振り返ってのお話。
後年、甲子園のベンチでの笑顔から「尾藤スマイル」が
有名になった尾藤さんですが、練習は厳しく、
しかも監督になった当初は
かなりのスパルタだったとどこかで読んだ記憶があります。
また、野球は、ボールがゴールに入って得点する
サッカーやバレーボールなどとは違って、
選手が塁を進みホームに帰らないと得点が入らない競技だから、
バンドが重要な役割りを果たすからと、こんなお話をされたようです。
「仲間を次の塁に進め、チームの勝利のために
自分の打ちたいという気持ちを抑え、犠牲バンドをする、
そうした「フォー・ザ・チーム」の精神が必要だ。
この野球の「バントの心」は「おかげさんで」「感謝」につながり、
ひいては「やがて家族や地域や、国や世界、地球のために
何か役に立ちたい、貢献したいという心に
つながっていくことを学んだ」とも語っていたのこと。
そんなことから、引退後の尾藤監督は高校野球指導者の道を歩まれたのかもしれません。
この和歌山放送が制作した尾藤監督の番組は、
本民間放送連盟賞ラジオ報道番組部門優秀賞を受賞しています。
下記で、この放送が聞けますね。
「らじこんー野球にかけた人生、尾藤公さん」
甲子園で春夏連覇の偉業を成し遂げるなど、
高校野球の監督として活躍した
和歌山県立箕島高校の元監督・尾藤公さんの
半世紀以上の野球にかけた人生を振り返るとともに、
これからの野球の在り方について尾藤さんの言葉を通して紹介する。
平成21年日本民間放送連盟賞ラジオ報道番組部門優秀賞受賞作品。
http://www.radi-con.com/program/21
Posted by 一球入魂 at
14:18
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